塩を巡る旅

大鹿村と塩

その歴史は

明治2年(1869年)大河原・鹿塩の2か村となり伊那県に属しましたが、同4年(1871年)廃藩置県に伴い筑摩県となり、同7年(1874年)両村が合併して大鹿村と称しました。

「鹿塩」の地で、塩が採れるということは、かなり古くから知られており、伝説では、建御名方の命(たけみなかたのみこと=諏訪神社の主祭神)の発見とされ、神代の昔からあったことになっています。

平安時代には、もうすでに、塩が採れることを利用して、馬を生産するための「牧」とよばれる荘園の経営がされていたようです。

「鹿塩」も荘園の名前の一つです。

南北朝時代には、建武の新政を掲げる後醍醐天皇の、第五(または第八)皇子、宗良(むねなが)親王が、東国の兵をまとめあげ、南朝勢力を興すべく、この地(大河原地区)を拠点として住まわれました。

生きるためには、塩が不可欠ですが、鹿塩の塩を山越に運んで、使われたそうです。

その後、この地から沸き出る塩泉に、保健療養に対する効能があることがわかり、明治二十五年、鉱泉浴場の営業が始まりました。

これが、鹿塩温泉の始まりであり当館、塩湯荘は、明治三十七年十二月、正式に官許を得、営業を開始いたしました。

それ以来100年以上に渡り営業を続けております。

日本で最も美しい村連合

大鹿村は、「日本で最も美しい村」連合に加盟し、小さくても輝くオンリーワンを目指して、美しいむらづくりを進めています。

「日本で最も美しい村」連合は、平成17年(2005年)10月、北海道美瑛町、北海道赤井川村、山形県大蔵村、岐阜県白川村、徳島県上勝町、熊本県南小国町及び大鹿村の7町村により設立されました。

大鹿村は、加盟町村と協力しながら、自然と人間の営みが長い年月をかけてつくりあげた美しい日本を慈しみ、楽しみ、そして、しっかりと未来に残していく取組みを進めてまいります。